あとがきのあとがき
「批判的犯罪学」という本が出る。

https://chitosepress.com/books/978-4-908736-42-1/
そこに論文を載せた。査読無しとは言え、パブリッシュされた喜びがある。やはり、生の書物として自分の手元に来たときには、感慨深かった。ただそれよりも、周りの人間が我が事以上に喜んでくれたのが、ほんとうに嬉しかった。俺の修士博士合わせての7年間は、周りに恵まれたんだと思う。
あとがきに載せなかったことをここに、断片的に書きのこしておこう。上司に献本したら、自分の章は前提知識がないから、少し難しかったと言われたあと、渋谷望さんの章がめちゃくちゃ面白かったから、君も「労働者ではない労働者の話」みたいなやつを書けばいいと言われて、良い上司だなあと思った。(それはそれとして転職したいんだけども)上司は同じ早稲田出身で、世代的に重なっているはずだから、キャンパスのどこかで渋谷さんとすれ違っていた可能性もある。今度、機会があったら会わせてみたい。
難しかったと言われたけど、あの章のもとになったフルペーパーを書き上げて、犯罪社会学会で報告したときに、それなりに付き合いのあった刑事政策学者から「はじめて君が何を言っているかわかった。わかりやすかった」と言われたことを思い出す。論文の章立てをみると、1課題と方法 2分析 3考察 4おわりに という、初期設定アバターのような姿をしている。この章立てについても、論文が書けないという悩みを相談した同期に、一度ガチガチにフォーマットを固めて書いてみたらとアドバイスされて、それに素直に従った結果のように思える。とはいえ、内容は、そこまでシンプルではない。
論文の内容について少し触れると、やりたかったことは、司法と福祉の連携(元のフルペーパーだと協働)について、実務家や改良主義者が読んだら、喉の奥に刺さった小骨のようになることである。ラディカリズムの一つの役割は、そういう小骨のような、踏むと膿んでくる錆びた五寸釘のようなものであれかしと思っている。要は、既定路線的な思考や実践をおこなう人たちに、別様の可能性を考えざるを得ないような一定の負荷を与えることである。そう思う。
0605飲酒日記
明日もどうせ飲むので、適当に書いておこう。
同業種の年若い友人と飲むときに、見識のある人間と取り扱われることがあり、それへの牽制で話すことがある。それは、すくなくとも23歳くらいまで、クビにされるか、バックレるか以外の仕事のやめ方を知らなかったことだ。また、はじめてまともに辞めた仕事で、同じバイトとトラブルを起こして、そいつの運転する車に轢かれかけて(最近改めて思い出して腹が立っている)、最終出勤日にそいつのロッカーの荷物を全て工場の窓から投げ捨てた。それだけでなくて、調査の仕事を依頼された団体と些細なことで揉めて、賃金は払われたものの、その報告書に名前が載らなくなったり(というか、最終的に世に出たか怪しい)いろいろ20代はやらかしてきた。
なんで俺は今普通に生きているのだろうか。それがよくわからない。
酒を飲むと、そんなくだらないことばかり思い出す。
0523 飲酒日記
酒を解禁する一月くらい前から完全にダイエットの努力をやめてしまっていて、カロリー計算どころか体重さえも測っていない。まわりから太ってきたと言われたので、そろそろまた痩せる努力をしようと思う。
今日は業務上のイベント後に、仲の良い人たちと飲み会へ。珍しく業務外の飲み会。二次会でカラオケに行った。久しぶりにストレス解消できた気がする。
とはいえ、仕事が何故か切羽詰まっている。何故かではない。謎の出張が課されており、定常業務が圧迫されているからである。ほんまカス。勘弁してくれ。また来週は名古屋へ。
0525
遅れていたゲラをようやく送付。もっと早く出せたはずだったが、ふつうに労働での移動がしんどい。自分の名前が活字(厳密には死語)になったとき、俺はどういう環状になるのだろうか。とりあえず、現在の肩書をどうするか思案中。在野研究者でもいい気がする。それはそれとして、内在的な研究モチベーションがほとんど枯渇してきているので、活を入れてくれる人がいると嬉しい。
0520飲酒日記
2日載せるのが遅れた。兵庫県出張で疲れ果てていたからだ。書いたのは出張先のホテルだった。疲れが酷くて、転職活動の書類も出し忘れたし、ゲラも締め切りを過ぎてしまった。一個一個終わらせていこう。
以下は、5/20の飲酒日記。
仕事で尼崎に。そういえば、月曜に健康診断を受けた。俺が禁酒をする羽目になったのが、ちょうど1年前の健康診断でとんでもないスコアを叩き出したからだった。約一年禁酒して、スコアが変わっていなかったら禁酒損なので、冗談抜きに生活設計を根本的に考え直さなければならないかもしれない。
飲酒日記を見ればわかるが、解禁日を除いて、仕事以外のタイミングで酒を飲んでいない。今日も言うまでもなく出張先の懇親会で、俺以外偉い人に囲まれて酒を飲んだ。本場のお好み焼きを食べて、お腹がはち切れそうだ。一番若いから、あまりを処理するのは俺の役割になる。食べすぎて腹が痛い。
いつも以上にとりとめもない。ホテルまで遠かったのでタクシーに乗ったが、運転手がずっとキレていたから怖かった。アッパーな関西弁ではなくダウナーで感じの悪いキレ方の関西弁。ただ、ホテルについたときに、このへん治安悪いから気いつけやって言われ、周りを見渡すと立ち並ぶ異常なキャッチの人数に度肝を抜かれた。ひょっとするといい人なのかもしれない。怖いので、飲み屋とかには寄らないようにする。というか、これ以上は何も腹に入らない。寄生虫に感染した人のように腹が膨れている。
今日は色々聞いたがとてもじゃないが話せないことばかりだ。そういう話ばかり増えていく。体重も増えていく。またダイエットしよう。
20250514飲酒日記
禁酒を終えて、アホみたいに飲んでいる気がする。ただ、この日記をつけるということが、飲みすぎないようにするブレーキになっている(のだろうか?)。
今日は、主催する読書会、そしてその後の懇親会。メンバー6人のうち半分参加。前日までの出張の疲れが抜け切らないままに、読書会に突入。あまりテキストに入り込めず、周辺的な話題ばかりをペラペラ話していたように思い、少し反省。
対象の本は「一人前と戦後社会」。全2回で読み切ったが、各参加者がとてもよい着眼点でコメントしていて、嬉しくなった。できれば書評も書きたい。
読書会に、これまでの人生で何度も何度も参加してきたし、何度も何度も立ち上げきた。いわゆる「社会人」になって、同業者や関連する世界の友人を中心に立ち上げたのだが、やはり思う。読書会は良い。素朴に、人と読んだ本について語り合うことは楽しいのである。それも「対等に話し合い」ができて、日々の職業生活から視野が広がる体験はこの上なく楽しい。この楽しさは、もう少し広げていきたいように思う。
今後、人を増やしたり、アクティビティの種類を増やすかどうかは要検討。平日仕事をしている人たちが集まり、それなりに準備が必要な会を運営するのは、なかなか骨が折れる。人が増えれば、発起人兼主催の労力も、うまくマネージしないと線形的に増えていく。まあ、メンバーたちと相談しつつ考えていきたい。
参加者の性質的に労働関係の本を読んでいるが、なんかおすすめの本があったら教えてほしい。参加したい人、手伝ってくれる人もいたら気軽に俺に伝えてほしい。
ちなみに、次読む本は決まっていない。小熊英二の「日本社会の仕組み」が濃厚か。俺は「ハマータウンの野郎ども」か「タイムバインド」を推したい。
20250513飲酒日記
「旅打ちはまるで小名浜のカモメ、行ったり来たりが歩幅なのかもね(略)小名浜の汽笛を背に受け都で歌え、小名浜の汽笛を背に受け、港へ向かえ」(鬼、小名浜)
修士論文を書いていた頃、今となっては絶縁したある先輩から紹介された鬼というラッパーの「小名浜」という曲を、一切の誇張抜きで数百回聴いていたことを思い出した。極東のヒップホップにおけるリアルを、この曲を通じて感得したと同時に、俺の論文もリアルでなければならないと焦燥感に駆られて書いたことを思い出した。
名古屋への日帰り出張の翌日に、福島に日帰り出張で行くという日程だが、怖ろしいことに、本来は愛媛への出張も、岩手への出張も予定されていた。
出張は肉体的にしんどいだけでなく、そこに行ったところで、自分は未だ何もできないという焦りを生じさせる。それは個体的な能力というよりは、組織的な実行力の問題であって、なにもできない中央官僚が地方の吏員に現場をわかっていないと責められる構図になりがちであって、すいませんねえという媚びた笑顔が随分うまくなった。それが自分にとり、組織で働くということの肝要であって、それでもなお前を向くということが、組織人には必要なのだろう。
とはいえ、「小名浜の汽笛を背に受け都で歌い」たくなるもので、そろそろ俺の赤落ちは終わってもいいのではないかと思う。
ただ、今日飲んだ別の産業の方々は大変面白く、今度は会津にちょうどいい時期(春)に来たいなあと思うのだった。
20250509飲酒日記
今日は飲まないつもりだったが、仲の良い同僚に誘われ二人で居酒屋へ。酒が入ると弾む話というのもあるもので、楽しく酔っ払った。
その同僚を含めた友人たちで、ここ最近ガンプラを作るのにハマっている。ガンダムを観たこともないのに。今やっているジークアクスも観ていないのに。
そもそもプラモは人生の早い段階で自分とは縁のない娯楽だと切り捨ててきた。壊滅的に手先が不器用な人間である、という呪いを、中学生時代にまともに動かないゾイドのブレードライガーを作ってしまったときから抱いていたが、作るうちに、重要なのは丁寧さと知識と根気であることを知った。
どうやら俺は今季と集中力はあるらしい。禁酒を1年続けたことから、根気があることは誰の目にも明らかだと思うのだが、とはいえ、知識を身に着けたうえで、丁寧にプラモデルを組んでいくのは楽しい。どのような姿になるかを想像しながら、ランナーから一つずつパーツを切り離して、ときにゲート処理を施したり、ヤスって面を出したりして、綺麗な姿が組み上がっていくのは達成感を得られる。
何より、プラモデルを組んでる間は、俗世の余計な想念を消し去ることができる。また、一歩一歩できること、試すことが増えていくのは楽しい。一つ一つできることを増やしていき、達成というフィードバックを小規模に得られるというのは、習慣化に対して非常によく働くことを学んできた。
アラフォーも近づく中で新しい趣味ができて、周りと共有して楽しめているのは、この上ない僥倖なのかもしれない。そしてアルコールともうまく付き合っていきたい。できるだけ健康に気をつけながら。