たりないあたまでかんがえる

たりないあたまでかんがえてみた。車輪の再発明。

砂漠とオアシス

砂漠にいる。なぜだかはわからないが、砂漠を歩いていた。いまがいつで、ここがどこか皆目わからない。時間も方角も何もわからない。振り返ると足跡も消えていた。自分を証だてるのは、飢えと渇きのほかになにもない。耐え難きほどのそれが、無理やり足を動かしている。砂漠を追われる人の足を動かすのが生への渇望か、死への恐怖か、誰もわからないだろう。幸運なことに、あなたはオアシスにたどり着いたようだ。水を飲み一息つくと、ようやくものを考えられるようになったのか、そこではたと思い出すのは仲間たちのことだった。

 

砂漠を歩く道すがら、あなたは決して一人ではなかった。何人もの仲間が倒れ、骸に成り果てていったのを、この眼でたしかに見てきたではないか。なぜ今まで忘れていたのか。ところで、あなたは食べ物も飲み物もないのに、なぜ歩き続けられたのか。意志の力で到底ここまでたどり着くことなどできないに違いない。ああ、あのとき、生きるために決して口外できぬ罪を犯したのだろうか。決して砂漠には来ぬ大きな雨雲のような不安があなたの頭の中を覆い尽くす。砂塵に巻かれ記憶は消え去っているが、嚥下した水に鉄の味が混じっているように感じた。砂塵を舞い上げる風音が叫び声にも聞こえる。どうしてそこにいるのがあなたであって、わたしではないのかという叫び声に。いつしか疲れ果ててあなたは眠るだろう。オアシスの緑に抱かれて、束の間の休息を許される。

 

起きて周りを見渡すと、このオアシスには水だけでなく食べるものもあることが、わかった。少ない人数ならばここでしばらく生きられるのかもしれない。暮れゆく空が赤光から真っ黒に塗りつぶされてゆくのを眺めていると、押しつぶされそうなほど星空が間近にあることに驚く。さまよっているときには気づかなかったことだ。いや、何度も星の導く方角に騙されて、空を、上を向かなくなったのだ。また別の日に夜に目を凝らして何もない砂漠を眺めていると、光が目に飛び込んできた。何かの反射光かもしれないと思い、近くに人がいるのかもしれないと期待を抱かせた。はぐれた仲間たちがいるのかもしれない。単純な見間違いかもしれない。それでも、おーい!ここだ!と叫ぶ気力はあるのだから、叫んで駆け寄っていってもいいはずだ。だが声が出ない。もしも、復讐にやってきた亡霊であったとしたら。あったかもしれないおぞましき過去のことを、また口に広がる鉄の味が確かにお前がやった罪だと責め立ててくる。喉がつまり、吐き気が襲う。声も出せずへたり込んで、そのまま、また時間がわからなくなっていった。朝日が昇ったような気もするし、何年も経ったかもしれない。あなたのところには誰もやってこなかった。亡霊さえも。存在証明だった飢えと渇きさえ失って、自分は生きているか死んでいるのかさえも分からなくなった。このオアシスにいることが正しいことかどうか、そんなことばかり頭を占めるようになった。いつしか、いたかもしれない、食べたかもしれない仲間たちのことばかり考えてしまうようになった。砂漠をさまよう生者と死者たちが、夜の星よりもはっきりと見える。記憶の中に像も結ばぬ、名前もあるかなきかの仲間たちのことを、いつも思い出している。飢えても渇いてもいないことが、ついに耐えられなくなって、おーい!ここだ!と叫んで飛び出して、あなたはすぐに死んだ。骸に残った眼球の水晶体が星の光を反射して、そのままどこかへと消えていった。